映画「楽園追放」は色々と考えされる素敵な映画でした。

まったくの予備知識もなく、Amazonプライム・ビデオで目に止まって見始めた「楽園追放」。

毎日10分~20分ずつ見ながらようやく見終わりました。

感想は「面白い」の一言です。Amazonプライム会員なら無料で見れるので是非とも見て頂きたい映画です。

楽園追放 Expelled from Paradise

ナノハザードにより廃墟と化した地球。
人類の多くは地上を捨て、データとなって電脳世界ディーヴァで暮らすようになっていた。

西暦2400年、そのディーヴァが異変に晒されていた。
地上世界からの謎のハッキング。
ハッキングの主は、フロンティア・セッターと名乗った。

ハッキングの狙いは何か。ディーヴァの捜査官アンジェラは、生身の体・マテリアルボディを身にまとい、地上世界へと降り立つ。
地上調査員ディンゴと接触しようとするアンジェラを待ち受けていたのは、地上を跋扈するモンスター・サンドウォームの群れ。

アンジェラはそれを迎え撃つため機動外骨格スーツ・アーハンを起動する。
荒廃した地上のどこかに、フロンティア・セッターが潜んでいるはず。
アンジェラとディンゴの、世界の謎に迫る旅が今、始まった。

この映画は人の存在意義について深く考えさせられる内容の映画です。人と機械の定義って何だろう?って考えてしまいます。

攻殻機動隊の「ゴースト」の存在にも近いような印象です。でも考え方は全く別物です。

ここからはネタバレを含む内容になります。

人間の存在価値

この映画では3種類の人間が登場します。この映画で私が一番、考えさせられたのが人間という存在です。

主人公のアンジェラ・バルザックを含め、多くの人は電脳世界ディーヴァで暮らすデータだけの存在です。

もうひとりの主人公、ディンゴは生身の身体のまま、地上で生活をしています。

2人の任務は電脳世界ディーヴァをハッキングする犯人「フロンティア・セッター」を探し出すこと。

そして探し出した「フロンティア・セッター」の正体は自我を持った人工知能でした。

いままでの私の定義で考えると人間は、生身の肉体を持っている「ディンゴ」だけです。データだけの存在の人間を人間として認めるのは難しいと思います。いくら自我があってもデータだけの人間はAIと変わらないと思うからです。

しかし物語では主人公のアンジェラ・バルザックは生身の肉体であるマテリアルボディを作り出し、生身の人間として任務を遂行します。

ここで1つ考えさせられます「生身の肉体があれば人間?」。

データだけの存在なら人間とは思えなくても生身の肉体があれば人間と思えます。そうなると人間の価値は肉体にある?。そんなワケありませんよね。

そして物語の核心となる「フロンティア・セッター」。彼は自我を持った人工知能です。生身の肉体は持ちませんが、ロボットとして登場して、人間と同じように考え、人間と同じように行動をします。

この映画を見ると人間の存在価値は改めて中身なんだと思います。

物語のテーマでもある「われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこへ行くのか」が素晴らしくシンプルに表現されています。

人として生きていくために何が大切で、何が間違っているのかを見事に表現していると思います。

主人公側に感情移入するとこの映画の結末は納得できますが、電脳世界ディーヴァ側になって考えるとまた違った側面も考えてしまいます。

もし、興味を少しでも持たれたのなら是非とも見て頂きたい映画です。

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